旧三菱美唄炭鉱施設(炭鉱メモリアル森林公園)(きゅうびばいたんこうしせつ(たんこうめもりあるしんりんこうえん))
旧三菱美唄炭鉱施設跡地を、炭鉱の記憶をとどめるため、公園として整備した。現在は、立坑櫓、電源を管理していた開閉所、原炭ポケットが残っている。この場所には、大正12年に深さ170mの立坑がつくられ、当時は、我が国における近代的模範立坑として定評があった。出炭量は、昭和初期には年間100万tを超え、三菱鉱業全炭鉱の中でも第1位となった。その後も、第2次世界大戦を挟み、発展を続けたが、昭和30年代からのエネルギー政策の転換により、昭和47年7月に三菱美唄炭鉱は、閉山することとなった。閉山とともに、美唄駅から、ここ常盤台まで続いていた美唄鉄道も60年の歴史の幕を閉じた。立坑櫓と原炭ポケットは、平成19年11月に経済産業省が指定する近代化産業遺産に選定された。
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