そらち炭鉱(やま)の記憶をめぐる 歴史をたどる 日帰りコース

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石狩川とライマン、空知川と国木田独歩。空知をめぐるミステリーツアーへ。

cp1a_4.jpg石狩川に沿って空知を縦貫する、国道12号。快適なドライブを楽しみながら、空知の歴史を訪ねてみよう。
都市間を結ぶ大動脈にも、数々の「炭鉱の記憶」が遺されている。

さらに滝川から国道38号を経由し赤平方面へ。コースの終点には独歩の思い出も待っている

※詳細な地図はこちらをご覧ください。(PDFファイル:496KB)

経路

岩見沢→→ root12.gifroot135.gif→→アルテピアッツァ美唄→→ root135.gifroot12.gifroot529.gif→→にわ山森林自然公園(昼食)→→ root529.gifroot12.gifroot1027.gif→→ソメスサドル→→ root1027.gifroot12.gif→→空知太→→12号バイパス→→ root38.gif→赤平バイパス→→赤平オーキッド→→赤平バイパス→ root38.gif→→独歩苑

10:00 アルテピアッツァ美唄 

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札幌から高速道央道で岩見沢・美唄方面へ。美唄ICで降り、道道135号美唄富良野線を我路方面へ。約10分で「アルテピアッツァ美唄」に到着。世界的な彫刻家、安田侃氏(美唄出身)の野外彫刻に触れることができる。旧栄小学校の木造校舎を活用した美術館にも作品が展示されている。敷地内のカフェ・アルテの淹れたてコーヒーがおいしい。

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11:30 にわ山森林自然公園(昼食)

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来た道を引き返し、国道12号へ。本日の野外ランチのために、美唄市内Aコープで、美唄名物「中村のとりめし」を調達。奈井江市街、道道529号との交差点を右折。約3kmで「にわ山森林自然公園」着。展望台は第1~第3まであり、眺望が素晴らしい。道央道を眼下に、はるか西には樺戸連山。眺望と桜の名所としても知られる公園だ。さらに、おいしい空気といっしょにいただくランチは格別! 昼食後は園内を散策してみよう。石炭広場で「石炭露頭」を間近に観察できる。

のちに石狩炭田を発見したライマンが、石狩川からナイエ川を遡行し炭田を踏査したのは、1874(明治7)年のこと。それから約20年後の1896(明治29)年、奈井江炭田の試掘が開始される。さらに1939(昭和14) 年、住友鉱業が大々的に採炭事業に着手し、奈井江は石炭のまちとして活況を呈した。この公園の露頭は、1965(昭和40)年頃まで露天掘りが行われていた“現場”だ。半世紀前の石炭まちの活況・躍動を思いつつ、露頭を見上げてみる。

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13:00 ソメスサドル砂川ファクトリー

再び、国道12号へ。スイーツで有名な砂川市街を抜け、ハイウェイオアシス近く、道道1027号との交差点を右折してすぐに「ソメスサドル」の工場が見えてくる。明治以来、北海道の開拓を支えてきた農耕馬具づくりの技術を受継ぎ、世界に通用する乗馬用の鞍や馬具、鞄などを創作する工房だ。工場に併設するショップでは、高度な職人技によるクオリティの高い革製品が購入できる。

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13:30 空知太

三たび国道12号へ戻り、滝川方面へ。3kmほど走ると空知太(そらちぶと)地区。国道12号と12号バイパスの分岐点がその辺りだが、ここに国木田独歩のドラマあり。空知川に向かうと左手にJR函館本線が見える。かつては北海道炭礦鉄道が延びていたが、川を渡る鉄橋はまだなく、ここ空知太駅が日本最北の駅だった。1895(明治28)年、道庁からの貸下げ地確認のため、一人の青年が最果ての駅に降り立つ――独歩25歳の秋。

愛する人との北海道移住を夢見て来道した独歩が、茫漠とした原野を述懐した『空知川の岸辺』。結局、独歩の“新天地での生活”は、見果てぬ夢に終わってしまうのだけれど…。今の空知川橋梁(赤鉄橋)の近くには「空知太駅跡」の碑が立っている。また近くの滝川公園内には「空知川の岸辺」の一文が刻まれた独歩の文学碑もある。時間があったら、立ち寄ってみたい。

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14:00 赤平オーキッド

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12号バイパスから国道38号を赤平方面へ。さらに赤平バイパスを通り、空知川に架かる百戸橋の手前で右折、約700mで、胡蝶蘭栽培で有名な「赤平オーキッド」に到着。直営ショップもあるので、ぜひ覗いてみたい。フロアいっぱいの胡蝶蘭は、壮観。眺めているだけで幸せになれそう。

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15:00 独歩苑

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赤平オーキッドの近くに「独歩苑」があるので、寄ってみよう。赤平バイパスへ戻り、百戸橋を渡る。国道38号との交差点を右折。歌志内からの道道114号との交差点、その右手に独歩苑がある。四季の花々が公園を彩る、空知川の景勝ポイントだ。1956(昭和31)年には「国木田独歩曾遊地」の碑が建立されている。

それにしても、空知太とこの独歩苑は、どうつながるのだろう。当時は、空知太駅は終着駅であり、空知川沿いの道も全通していない。ここに至るには空知太駅の手前、砂川駅で乗り換え、歌志内駅へ。さらに山越えしなければたどり着けない。実際、独歩は砂川駅に引き返し、山越えコースで熊笹をかきわけ「森林を穿(うが)って一直線に作られた思ひがけない大道」に出る。今なら空知太からは30分ほどで来ることのできる近さだが、当時の独歩にしてみれば、なんと果てしない道程であったことか。碑を眺めながら、文豪のひと駅間違いの“不幸”に思わず同情したくなる。では、幸せの胡蝶蘭(花言葉:幸せが飛んでくる)を抱きつつ、帰路へ(ちなみに歌志内公園にも独歩の詩碑が建立されている)。

(参考文献:「国木田独歩 空知川の岸辺で/岩井洋」道新選書)


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